平成の終盤に新しい家族を迎えいれる事から始まったこの10日間。
家族、特に長男との関わりに没頭した10日間。
社会の最小単位である家族。
この中で見えてくる自分の傾向は、社会生活のソレと同じと言えるはず。
そして、子どもは自分の鏡。
次男の誕生に際して、
長男の多くの感情と共に過ごします。
我慢、葛藤、成長。
共感し、自身も没頭し、気づき、自分をまた深く知りました。
愛おしく、学びが多く、とっても貴重な時間でした。
なんか長男の気持ちが、手に取るように分かる。
「 今はooとooで悩んでて、両方したいけど出来ないから泣いた。」とか、
「 本当はooしたいけど、いざやろうとしたら怖くなって葛藤中。だから急にooしだした。 」
とか。
出産にあたり、初めて母と離れ離れ、二人で過ごした数日間。
「おにいちゃんになる!」という誇らしい気持ち、「独り占めにしてきた両親の愛情が赤ちゃんに向く」ことへの寂しい気持ち。
この穴を埋めるのが、父の役割 !!
そのための10連休!
って。
今思えば、この時点で大きな勘違いをしてた。
片言で喋れるくらいの2歳児。
2人でゆっくり時間を過ごしていると、
急に変なこと聞いてきたりします。
「赤ちゃん産まれたら、お父さんも抱っこするの?」とか。
急に宣言したりもします。
「アツトね、赤ちゃんのこと、だ〜〜い好き♪」とか。
一緒にゆっくり過ごすことで、普段表現できないことが言葉になったりする。
それが聞けるだけで、共に過ごす時間の価値があったかもしれません。
トトロの"メイ"の気分になって、
大好きなバナナに、「おかあさんへ」って書けって要求する。
我慢できないだろうと思っていた事を我慢してみたり、急にお兄ちゃんらしい発言をしたり、母親を気遣ってみたり。
一緒に過ごして本音を聞けたことは価値だけれど、穴を埋める必要なんてなかったのかもしれません。
親が思っていた、想像以上の成長を見せた長男。
ヒトは環境によって成長する。
目の当たりにしました。
普段できることが出来なくなってみたり、いつもとの違いに葛藤したり。
そりゃあ色々あるけれど、
つい限界を勝手に決めて、それを保障しようとしてしまう自分にも気づかされました。
産後は色々な制限があったけど、良い季節。
助産院の行き帰りの寄り道や、一緒に居られる時間。
ほんのちょっとしたことに幸せを感じます。
産後は、自分の実家で、ジジとババにお世話になる。
そこでも長男の葛藤は続きます。
赤ちゃん返りから、いつも出来ることが出来なかったり、自宅では通用することが許されなかったり。
そして両親と長男とのやり取りにも、ストレスを感じ始める自分。
両親を含めた社会生活は、また自分のふるまいや感情の傾向に気付かされます。
どこかに甘えもある。
長男の気持ちに寄り添い、没頭している証です。
限界を自分で決めない。
と気づいていたハズなのに、
両親と長男のの関わりの中に、また自分自身が同じエラーをしてる。
両親の関わりの下に、
長男は自分の知らないような成長を遂げる可能性があるハズなのに、自分の対応との相違に勝手にストレスを抱える。
半日だけ職場に出た事を機に、自分がまた陥っていることに、気づく。
素直に、妻にも教えを乞うことが出来るようになりました。
長男を主体に。
長男の可能性を信じていれば、愛ある対応には全て感謝できる。
ありがたい言葉をもらいます。
臨床もほんとにそうか。
家族といる時間の大切さを感じた一方で、
どちらにも没頭しすぎないことの大切さと、仕事に出られることの有り難みを感じました。
自分のニュートラルは?
バランス、釣り合いの取れる所。
探し続けていこうと。
さて、
多くの気づきがあった10連休も終わり。
今日から新生活のスタート!!
書き切ったの見返したら、まだモヤモヤしてるんかと気づきました。 笑
自分を成長させる環境を自分に。
そして自身の観察と、バランスの模索を。